2011年7月12日火曜日

イベントに行って感じること。


最近、主催者と参加者のイベント目的の不一致ってよく起きるなーと感じる。こういう考えでこのイベントに来たのに実は全然違った-、みたいな。もちろん良い意味で期待を裏切られたっていうこともあるんだけど、たいていはその逆。

これってよく主催者側の情報の出し方の問題だと言われがちだけど、実は参加者側の問題が大きいと思う。確かに主催者の情報の出し方が不適切で、誤って認識してしまうということもあると思う。ただ情報なんてたいてい受けての認識の問題で、参加者が一度認識した情報を自分に都合の良く、勝手に脚色していることが問題だと思う。
 
例えば、ソーシャル○○ってイベント最近良く見かけるんだけど、この曖昧な言葉が参加者を混乱させるのは確かだと思う。ただ、そんな混乱は実は一瞬で削除され、勝手にこの言葉を自分流に解釈してしまうだろう。自分が聞きたい情報という形で。だからもちろん主催者との目的の不一致は起こるし、参加者同士の目的の不一致も起こる。(認識レベルが違うんだから)これほど双方にとって寂しいことってないよね。一生懸命準備してくれた主催者にも悪いし、自分自身にも悪いし。

もちろんこの不一致を完璧になくすことは不可能だと思うけど、溝を狭めることはできるとおもう。主催者側はtwitter等でアクティブな情報を流し続け、同時に参加者の嗜好性を把握する。参加者は逆のことをし、参加者同士ネット上で交流するなどは良い対策のように思える。余りに溝が深い場合はイベント構造自体考えてもいいと思う。
どれだけ人数増やしたなんてもう時代遅れだと思うけどね。全然薄い繋がりで終わっちゃうからさ。

ストロングリレーションとサービス

これから20年生きて行くためには心底話せる(ストロングリレーション)仲間を創ることが重要だと思う。on/offlineの緩い関係の人ともいいんだけど、結局最後に心の支えになってくれたり、化粧を落として呼吸をさせてくれるのはこの層なんだよな。

こういう仲間を創るためには、やっぱ濃密な場面を共有することが一番だと思う。例えば、一緒に旅行に行ったりとか、プロジェクトを一緒に創ったりとか、学び合ったりとか。(シェアハウスはこういう空間が訪れやすいのかな。)
ただ一つの場面だけじゃだめなんだよね。すぐ心のなかから無くなっちゃうから。それが断続的に続くと「心底話せる」ようになるんだと思う。こういう人達のことは信頼できる。
でもよく考えてみると、こういう機会って人生の中でなかなかないし、自分で創りだそうとしても難しいんだよな。濃密な場面は自分だけじゃ創り出せないし(相手の状況にもよる)相当コスト高いし。facebookとかtwitterはこの部分弱いんだよな。てかtwitterメディアだし。

だからこの数年はこういう関係を自然に創り、活用出来るようなサービスがどんどん創られるんだろうな。人びとはmobile化していってるっていうことも関連付けて考えると更に面白い。 (何か中国農民工の研究より面白そうだな笑)

2011年5月28日土曜日

中国国民主導政治改革への第一歩?―無所属候補者、人民代表大会へ立候補表明―

中国で驚くべきことが起こりつつある。

新浪微博(中国版twitter)上で今年9月中旬に行われる区・県レベルの人民代表大会選挙への立候補を宣言する人が増え続けて、盛り上がりを見せているのだ。


5月27日までに18人の無所属候補者が立候補している。



より大きな地図で Yao Bo 姚博/Wu Danhong 吴丹红/Xu Chunliu 徐春柳 を表示
確かに中国の憲法上、満18歳以上の国民が直轄でない市、県や区の直接選挙に立候補することは可能である。ただ共産党員以外が立候補することは稀であり、そもそも直接選挙のルール自体を知らず、政治的な報復からかあまり興味を示す人が少なかった。


30代以下の新しい世代が台頭

何故このような自体が起こっているのか。

1つには30代以下の新しい世代が台頭してきたことが挙げられる。

よく耳にし感じることなのだが、改革開放前後以後の世代と上の世代は明らかに違う。

彼らは若い頃からインターネットを駆使し、世界の情報を入手しているし政治的にも89年の天安門事件を直接経験していないので、比較的自由に物事を考えることが出来る。また政治的・社会的な問題にも関心が強い。特に80年代~90年代の若者はこの傾向が顕著にあり、個人的には、最早中国のエリートも日本のエリートもこれらの問題に対する考え方に大差はなく、むしろあちらのほうが良く考えているように感じる。(もちろん直接の政府批判はできないが)


 ※中国互联网络发展状况统计报告2011から抜粋


■新浪微博の影響力
またその彼らが価値観を表現できる場として、筆者は新浪微博の重要性を挙げたいと思う。新浪微博はすでに14000万人のユーザーを抱えており、多数のフォローを獲得している人はその発言により人びとに一定程度の影響力を行使できるだけではなく、支持も獲得することができる。やはり公の場では政治的(社会的はOK)な話はまだ躊躇されることが多い中国において、自分の価値観を再認識させることが出来る場所の存在は大きいと思う。また確かに天安門事件などNGワードを含む文章は削除されるが、政府批判にならなければ政治・社会改革などの話題も可能であり、比較的議論されつつある。

■立候補者
今回の立候補者18名中5人が20代(大学生3人含)であり、一番若い候補者は20歳である。政治的恐怖心は比較的薄いであろう。彼らがどういう議論をするのかは興味深い。(勢いで手を挙げてしまった感もあると思うが)また共産党員二人が立候補していることもポイントである。確実に党組織との対立が起き、どのような展開になるか予測不可能にも関わらず、立候補をしたということはそこまで政治的な空間が生まれたということなのか。今後の展開が気になる。ただ多くの人からの応援メッセージと共に、当局からの圧力もあるようだ。暴力事件も複数起こっており、家族や親戚と自分は一切関係ないと宣言する候補者もいる。

確かにこのまま議論が進んでいけば9月までに多くの人びとが立候補するだろうし、国民主導の政治改革への第一歩となるだろう。ただし共産党はそこまで急激な変化を望んでいないし、遅かれ早かれどこかで当局の介入が入る気がする。いずれにせよ今後の動向に注目である